| ぜんそく改善の協同作業 |
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■■ぜんそく発作の不安■■
きょうは天気がわるい。南の海上に台風が近づいているらしい。
いま友香里がいる38階のレストランの窓の外もどんよりと雨雲が垂れ込み、白いテーブルクロスが敷かれたテーブル席からは、眼下の夜景は見えない。
数年前までは低気圧にはめっぽう弱い友香里であった。でも今はもう平気。
昔なら、こんな台風が近づいている日にアルコールを飲むと、動悸がして呼吸が荒くなってきたものだ。そして、ぜんそくの発作が起こりはしないかしら、そろそろ薬を吸入しておこうかしらと、ちょっとしたパニックのような状態になっていたものだ。
それが、母の友人の勧めで漢方薬を飲むようになってから、あきらめかけていたぜんそくが、じわじわと楽になった。結局2年くらい漢方のお世話になったが、最終的には、ずっと手放せなかった病院の薬も必要なくなった。
実は今も少し動悸がしている。さっきシャンパンで彼と乾杯をしたばかりだ。こんなすてきなレストランに彼が連れてきてくれたのは初めてである。
今の動悸は、以前の不安な動悸とはぜんぜん違う。なんだかうきうきする、楽しい予感のどきどきだ。
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■■親たちの心配■■
母の話によると、わたしは小さいころからのぜんそくもちで、ぜんそくの発作で救急車で運ばれたこともあるそうである。母にしてみれば、そのときの経験が忘れられないらしく、それ以来、わたしがぜんそくの薬を飲む毎日が始まった。父は、たばこを吸うのをやめた。母は、抵抗力をつけるような献立を研究してくれた。
小学校からは少し症状が楽になり、使う薬の量は減った。でも、ちょっと激しい運動や低気圧の接近で、ぜんそくの初期症状がでることは多かった。自分で危ないなと感じたら、早めに吸入薬を使用した。結局、薬をいつもお守りのように持ち歩いていた。
小学校のときに、ぜんそくにいいから、とスイミングスクールに通っていたのはよかったかもしれない。でも、中学、高校のあいだは、運動部は練習が激しいだろうということで、部活には入らないで過ごした。
学校そのものは、ほとんど休まずに通えた。薬をもらいに病院に行くと、重いぜんそくで学校を休んだり入院したりしている同世代の子たちもいて、比べちゃいけないけど、食事や水泳など、いろいろとわたしのためにしてくれた両親には感謝している。
「友香里ちゃん、漢方で体質改善してみたら?」
母の短大時代の友人が勧めてくれたのは、就職も決まってほっとしていたころだった。その方のお嬢さんの長年の不眠症が、漢方で改善されたらしい。漢方に興味のあった母は、少し身を乗りだしてその友人にたずねた。
「あら、よかったわね、妙子ちゃんの不眠症。不眠症に効く漢方があるのね。わたしも更年期になったら試そうかしら」
「ううん、そうじゃなくて、飲んでいたのは、不眠症に効く漢方じゃなくって、うちの妙子に効く漢方、なんですって。不眠症にはこの漢方、というものがあるのではなく、妙子の体質を改善するには、こういう漢方、という処方を考えてくれたみたい」
「へえ、すごいわね。オーダーメイドの漢方ね」
「そう。だから、同じ不眠症でも、ひとりひとりの体質によって、漢方の処方が違うんですって」
ひとりひとりの体質によって、漢方の処方が違ってくる。その考え方にひかれたらしく、母はその友人から漢方情報をひとしきり聞いた。そしてその一週間後、わたしを連れて漢方薬局へ行くことになった。
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■■正しかった食生活■■
「漢方でぜんそくを改善できる可能性は、うちの場合、50パーセント弱くらいでしょうね」
母に連れられて行った漢方薬局で、薬剤師の先生はそう言った。
――えっ、50パーセント? 二人に一人しか改善されないの?
母のほうを見ると、母はさほど驚いた様子も見せず、先生に言った。
「ええ、ぜんそくの方の全員が漢方で完治するとは思っていません 」
なるほど、言われてみれば、そうだ。全員が絶対に改善できる薬なんて、世界中にひとつもないはずだ。
「ただ、友香里がいつまでも病院の薬に頼ってばかりいるのが不安で。できれば体質を改善して、薬を使わなくてもコントロールできるくらいになれば、と思いまして」
そう、母がよく言っている。根本的に体質が改善されないと、病院の対症療法の薬を止めるわけにはいかない。これを何とかしたいって。そこに漢方が50パーセント弱の確率で役立つかもしれないってことなのね。だったら、ずっと薬に頼ってばかりいないで、試してみる価値がありそうだわ。
先生がいったん奥に入ったすきに、母はわたしに、
「ああいうふうに、なんでも漢方で改善できるって言わない先生のほうが、確かなのよ」
と言って、わたしにウインクをした。若いころアメリカに住んでいた経験のある母は、よし、うまくいきそう、というときにウインクをする。このウインクが出ると、ことがうまく運ぶ確率は、ぐっと高くなる。
先生が戻ってきてから、これまでの経緯や今の体調について、事細かに聞かれた。日常生活についてもたずねられた。
「食べものについて、気をつけていることや好き嫌いなどはありますか」
「この子は、子どものころから寒がりだったし、ぜんそくがひどくなるのは秋冬だったので、とにかく、からだを冷やさないようにしてあげようと思って工夫しました。たとえば旬の魚やウナギ、野菜だとショウガやニンジンなどをよく使ってきました」
「よく勉強されていますね」
「ええ、こういうの、ちょっと勉強すると、おもしろいですね。あとは、生野菜はからだを冷やすので、野菜は煮たり炒めたりして食卓に出しました。キュウリやトマトなどからだを冷やす野菜でも、旬の時季にはおいしくなるので食べさせたく思い、キュウリは酢のものにしたり、トマトは炒め物に入れたりしました 。ご飯も玄米を使いましたが、あまり胃腸が丈夫なほうではないので、おなかをこわさないように、白米に少し混ぜたり、朝だけ玄米食にしたりしました」
「お母さんの食事の内容は、完璧ですね。すばらしいと思います。それだけ毎日の食事に気をつかっておられるのなら、漢方薬もよく効くと思いますよ 」
母が先生にほめられた。この先生は薬膳の本なども出しておられる先生なので、母はうれしそうだった。わたしもうれしかった。
先生は、続けた。
「体質改善に必要なのは、これまでお母さんがしてこられたとおり、冷えを取り除くこと(漢方道の必殺技A)と、それプラス、臓腑のバランスを整えることにより(必殺技C)、水分の流れをよくすることです」
「水分の流れ、ですか?」
「ええ、ぜんそくの場合、この水分の流れがわるい体質がよくみられます。胃腸が丈夫でないこととも関係があるのですが、その停滞した水分が咳や痰、呼吸困難の原因になっています 。友香里さんの場合も、そのあたりの体質を改善しておけば、対症療法の薬をずっと使わなくてもよくなるかもしれません」
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■■自分の体調に自信が■■
肺やのどのあたりが楽な感じがしてきたのは、漢方を飲み始めて半年くらいしてからだった。天気や運動の関係でこれまでなら呼吸が荒くなっていたと思われる場合でも大丈夫になった。お酒を飲んでも、変にどきどきすることがなくなった。
病院の先生とも相談して、薬を減らしていった。
漢方薬局の先生は、いつも、
「漢方がよく効いているのは、食事などの、ご家庭の心がけがいいからですよ」
と言ってくれた。
「アルコールも、少しなら大丈夫かもしれませんね。でも、あくまでも日ごろの心がけが一番ですから、むちゃは控えてくださいよ」
もちろん、ぜんそく発作のつらさは、わたしがいちばん知っている。無理はしない。でも、漢方のおかげで、いろんなことに自信がわいてきた。
38階での食事のあとに、彼とふたりで映画「皇帝ペンギン」を観た。ペンギンの雌雄が壮絶な環境のなかで子どもを献身的に守り育てていく話だった。思い返せばわたしがそうして育ててもらったように、わたしもそういう家庭をもてればいいな、と、そんな楽しい予感がした。
映画館を出ると、雨は小降りになっていた。にこにこ顔の彼と目があった。わたしは思わず彼にウインクをした。
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