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■■癒着のせいで激しい生理痛■■
「千里ちゃん、体調わるそうだけど大丈夫?」
ちょうど生理が始まったばかりで強烈な下腹部痛に見舞われ、いま洗面所で鎮痛剤を飲んできたばかりの千里に、会社の先輩の絹代が声をかけた。
「先輩、ありがとうございます」
血の気の引いた青白い顔に脂汗を浮かべ、千里はかろうじて絹代に答えた。絹代にも生理痛のつらい時期があったので、いつも心配してくれる。
千里の生理痛がひどくなったのは、1年くらい前からである。それ以前も生理痛はあったが、鎮痛剤を飲まなくても我慢できる程度だった。
1年前といえば、千里がいまの営業部に異動してきた時期だ。この会社はこれまで「立ち止まるな、どんどん行け」という攻めのスタイルで業績を伸ばしてきた経緯があり、とくに営業部は体育会系のノリで、常に全力で走り続けるような仕事の進め方をしていた。
千里は営業支援がおもな仕事なので社内で資料作成などをしているが、それでも部内には立ち止まらずに時間に追われるように仕事をするのが一流、という空気が流れており、いつも後ろから追い立てられるように仕事をせねばならず、千里にはそれが息苦しかった。千里にはときどき立ち止まる時間が必要だった。
千里は、小さいころからそういうタイプだった。
中学では憧れのテニス部に入ったが、ひたすら鍛え続ける練習についていけず、夏休みを待たずに退部した。
受験勉強中もときどき映画を観に出かけたりして、親をヒヤヒヤさせていた。そのほうが勉強の効率が上がる、というのが千里の理屈だった。
千里は学校を卒業後、いまの会社に就職した。最初に配属された経理部は、いまの営業部と比べるとまだのんびりしていたものの、やはり立ち止まらずにどんどん進む社風は流れており、1年も経つと疲れてきた。ストレスで胃がきりきり痛むことが増えた。
営業部に異動してからさらにストレスがどんどん募った。食欲がなくなり、体重が2キロ減った。のぼせを感じることが増え、寝つきがわるくなった。そして生理痛が徐々に重くなった。
病院に行ったところ、子宮内膜症と診断された。しかも左の卵巣に5センチ大のチョコレート嚢胞ができており、周囲との癒着がかなりあるでしょうとのことで、チョコレート嚢胞を切り取り、癒着をはがす手術をすすめられた。大きな病変を切除して癒着をざっとはがすだけなら腹腔鏡手術でもできる、あるいは手術をせずにホルモン治療という方法もあるという。さらに、いずれの方法でも子宮内膜症は悪化・再発しやすいので早めに手を打ったほうがいい、と言われた。
子宮内膜症は、もともと子宮の内側にしか存在しないはずの子宮内膜が、卵巣や子宮の外側、腹腔内などにも発生してしまう病気だ。それらの内膜組織が生理のときに、ふつうの生理と同じように厚くなり、はがれ、出血する。それを生理のたびに繰り返すため、おなかのあちこちで炎症や癒着が発生する。子宮の外側での出血は生理のように体外に排出されず、その場で内出血のようなかたちで残ってしまうこともある。
子宮内膜症があると生理のたびにおなかの中に傷ができては、はがれ、出血するので激しい生理痛に襲われる。さらに癒着があると、本来なら離れている臓器同士がくっついて引っ張り合うので、引きつるような痛みを感じることになる。卵巣機能の低下や卵管の通過障害が生じるので、不妊症になりやすい。
話を聞いていると、だんだん心配になってきた。
「千里ちゃん、漢方を試してみれば?」
絹代はじんましんを漢方薬で治療したのだが、同時に生理痛が軽くなったという。千里もさっそく漢方薬局に行くことにした。
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■■子宮内膜症に効く漢方■■
漢方薬局では最初のカウンセリングで、生理の状態について詳しく漢方の先生に話をした。生理前から重い下腹部痛があり、生理が始まると同時に激しい痛みに襲われる。重い痛みと、引っ張られるような痛みがある。冷や汗が出るほど痛い。3日目くらいまではレバー状の血のかたまりが混じるが、それを過ぎると痛みは楽になる。
生理の周期は28日で安定している。生理痛以外には、便秘、手足の冷え、のぼせ、肩こり、目が疲れやすいなどの症状がある。
カウンセリングのあと、漢方の先生が子宮内膜症と漢方について話をした。
「子宮内膜症の原因のひとつは、"血"の流れがわるい体質にあります。チョコレート嚢胞がある人には、この体質がよく見られます」
"血"は漢方のことばで、血液や栄養を意味する。この体質の場合は漢方薬で血の流れをサラサラにして治療を進める(漢方道の必殺技B)。
「癒着は炎症とともに悪化しますので、漢方では炎症を鎮めて癒着の拡大を防いだり、癒着を緩和して痛みを和らげたりする漢方薬を使います。癒着により"血"がじゅうぶん供給されないために生じる痛みもあります」
それ以外に、精神的なストレスや過度の情緒変動が原因で子宮内膜症になる場合も少なくないそうだ。ストレスや緊張が続くと気の流れが滞り、その結果、子宮内膜症が悪化する。この場合は漢方薬で気の流れを改善し、子宮内膜症を治療していく。
冷え症も子宮内膜症の原因となるとのこと。冷えは、痛みや免疫力低下、炎症の拡大、婦人科系の機能低下との関係が深いので、子宮内膜症の悪化の原因になる。おなかを温めると楽という人は、漢方薬で冷え症の改善を進める。
「千里さんの場合は、血の流れがわるいと同時に、血がじゅうぶん供給されていないために痛みが生じ、チョコレート嚢胞が発生し、癒着ができていると考えられます」
冷えのぼせやレバー状の血のかたまり、肩こりなどは、血流の停滞による症状と考えられるとのこと。また、顔色がわるく、目が疲れやすいのは、血が不足している体質だからだそうだ。
千里はさっそく血の流れをサラサラにしつつ(漢方道B)、血を補う(漢方道@)漢方処方を飲むこととなった。
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■■立ち止まることも流すことも大切■■
漢方を飲み始めて4回目の生理くらいから、生理の様子が変わってきた。生理痛があきらかに軽い。引っ張られるような激痛はなくなった。鎮痛剤を飲まなくても大丈夫。レバー状の血のかたまりも、うんと少なくなった。
半年後に婦人科の検査に行ったところ、チョコレート嚢胞が2センチに小さくなっており、手術もホルモン治療もせずに経過観察で様子をみましょうということになった。
手術をしたり生理をとめたりする必要がなくなり、うれしかった。
会社のほうは、この時代の不景気もあり、さすがの攻めの経営も行き詰まり、昨年度は大幅な減収減益となった。創業者の社長は会長に退いた。新しい社長は新任の挨拶でこう言った。
「これまで当社は、立ち止まらずに全力でひた走り、業績を伸ばしてきました。しかし、あまり猛スピードで走っていると、まわりの景色は見えないし、その道が正しいのかどうかも判断できなくなってきます。いまは立ち止まって、自分自身とまわりのことをよく考える時期だと思います」
千里はうれしくなった。働きやすくなりそうだ。体調もよくなったし、仕事をやる気がぐっと出てきた。
絹代が声をかけてきた。
「千里ちゃん、体調よさそうね。表情も明るいわよ」
「おかげさまで漢方がよく効いてくれました。血液や栄養をサラサラ流して補う漢方です」
「よかったわね」
「でも、おもしろいものですね。わたしのからだでは立ち止まっていた血液や栄養を流すことで体質が改善し、うちの会社は逆にこれから立ち止まることで改善を図るって」
「立ち止まることも大切、サラサラ流すことも大切。時と場合によって使い分けが大事ね」
絹代がこう言って千里と目を合わせ、ふたりで微笑んだ。
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